2010/06/07

2010/05/31

娘語録 - 軽々と

相方から聞いた話

娘:「ねぇ、マーティ(自分のこと)をかるがる抱っこしてみて!」
妻:「いいよ。(よいしょっ!)」と抱っこ。
娘:「ねぇ、どうだった?かるかった?がるかった?」
妻:「(うっ・・・)えーと、がるかった、かな」
娘:「なーんだ、重かったのかぁ」

「がるい」は「重い」の意、らしい。

子どもは面白いなぁ。

2010/05/28

本をよみましたよ

読書の春です。

また「金持ち父さん」シリーズ読みました。
■ 「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」(ロバート・キヨサキ)


人はみな以下の4つのいずれかに分類されるという。"E (Employee、従業員)"、"S (Self-employed、自営業者)"、"B (Business Owner、ビジネスオーナー)"、"I (Investor、投資家)"。これを「キャッシュフロー・クワドラント」と呼ぶ。自分がどこに属するかは、どこから一番金が入ってくるかによって決まってくる。僕は当然"E"である。これが何かというと、いわゆる経済的自由を目指すには、BもしくはIに属することが最も近道だと説く。税制も大抵はBやIに有利なように作られている。

お金とか働き方に関する根本的な考え方に変化を与えてくれる良書だと思う。多数の人は、小さいころから何の疑いもなく一生懸命勉強して、いい大学に入って、そしていい会社に勤めれば一生安泰だと思ってきたと思う。確かにいわゆる「いい会社」に所属していれば、今までは食いっぱぐれるようなことはなかった。しかしこれからは違う。「いい会社」と言われてきた会社だって業績は落ちるし、つぶれる事だってある。世の中が右肩上がりで成長していない限り、今までと同じ考えは通用しないのだ。

僕は税制とかその辺は、残念ながら素人なので分からないのだが、この本の中で深く納得した一節があった。引用したいところだがメモっとくのを忘れたので、大体の主旨を言うと、「Eクワドラント(サラリーマンだ)に所属する人の生活レベルは、赤の他人である会社(上司である場合がほとんどだと思う)によって決定される」。ま、当たり前といえば当たり前だが、実は僕は目から鱗が落ちる思いだった。

そうだ、僕の生活レベルは僕の給料で決まってくるのだ。その給料は会社が決める。自分がどう頑張ろうが(インセンティブはあるにせよ)、僕の生活レベルは他人によって強制的に決められているのだ。何たることか。

仮に僕の生活レベルが食うや食わずであったとしよう。僕が自営業者で、商売がなかなか上手くいかないためにそのような生活レベルに甘んじているのであれば、それは自業自得だ。しかし、サラリーマンである場合、それはかなりの割合で上司が決める(日本の会社は知らん)。何たる理不尽かと思った。思ってしまったのだよ、僕は。

別に今日明日にでもサラリーマン辞めてビジネスオーナーになる、みたいなことは口が裂けても言わないし、しないが、虎視眈々と何かやれるチャンスを覗うようになったのは確かである。僕の生活は僕が決めるのだ。

~~~~読んだ本~~~~
■ 「ふしぎな図書館」 (村上春樹)
■ 「サラリーマン・リカバリー」 (大前研一)
■ 「怒らないこと」 (アルボムッレ・スマナサーラ)
■ 「マネー力(マネーリョク、大前研一)
■ 「『SPIN』営業術」
■ 「親が言っても、子供はやる」(大前さん)
■ 「質問する力」(大前研一)
■ 「金持ち父さん、貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ)
■ 「まずはアパート一棟買いなさい」(石原博光)
■ 「稼げる超ソーシャルフィルタリング」(堀江貴文)
■ 「効率が10倍アップする新・知的生産術(勝間和代)
■ 「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」(ロバート・キヨサキ)

~~~~読み途中~~~~
■ 「イノベーションのジレンマ」
■ 「熱力学のなんちゃらかんちゃら」
■ 「痴呆老人は何を見ているか」
■ 「なぜ決算書が読めるやつは出世するのか」

ちょっと手元に本がないので、タイトルとか適当です。

2010/05/27

ゲームメイキング - 今必要な能力

最近寒暖の差が大きいせいか、沈静化していた喘息がまた少し首をもたげて来ている風だ。気をつけねば。

どういうきっかけだか忘れたが、小飼弾氏の書評ブログ 404 Blog Not Found の "学校ってバカを治療してくれんのか"という、かなり前に書かれたエントリーを、んだ。書評の対象になっているブログの著者は京大を出ていることが自慢と取れる内容のブログエントリーが多い、ペンネームMGという女性。

そのMG氏が言うには:
就職先が見つからない、あるいは、希望の就職先に内定をもらえず不本意な企業に内定し悶々とした日々を過ごしている高学歴大学生がここ京都大学に存在する。

超売り手市場と言わる新卒就職市場においても、就職するのに四苦八苦する高学歴就職難民たち。これは、個人の問題ではない社会の問題である。

これに対して小飼氏は、「高学歴大学生は死ななきゃ直らないバカだから」と切り捨てる。
これがめっぽう痛快で、わが意を得たりという感じだったので、ついエントリーした次第です。その中でも深く納得したのは、「今求められているのは、ゲームそのものを作れる奴か、最高得点以上の点数をとっても平均得点分の給料で満足してくれる奴のどちらか」というくだり。高偏差値大学の出身者はあくまで人が作ったゲームの高得点者に過ぎないわけで、景気が上向きで黙っていても給料が上がっていた高度成長期ならいざ知らず、今の世の中では単にゲームが上手いだけでは価値にはならない。

しかし周りを見渡しても、いわゆる学歴コンプレックスはまだまだ沢山いるわけで、まだ年端も行かない子どもに意味不明な教育を押し付け、いい中学、高校、そして大学へという、クラシックな道を盲目的に信じている。そして子ども達から自分で考える力を奪ってしまうのだ。どんなゲームを作ろうか、と考える力を。

ただ、そういう無駄なところに労力を使う人が未だに多いってことは、逆にそうじゃない人にはチャンスが広がっているということ。このチャンスを生かしてどんなゲームを作るか、、、自分の能力が試される時期が来ているが、果たして僕にそんな力があるかどうか・・・。子ども達に夢を託すか。

2010/05/21

健康診断

健康診断を受けてきた。
会社から指示されてやる健診は、何か天下りを受け入れてそうな団体がやってる風な印象を、ろくに調べもせず勝手にを持っていたので、行くまいと思ってたが、ネット調べてみると、そういう健診を断って会社を解雇されたのが不当として訴えを起こしたところが、会社の判断が正当であるという判例が見つかったので、しょうがなく行ってみることにした。というか、注射とかすごく嫌いなだけなんだけど、本当は。。。

ちゃんとした健診は、オーストラリアの永住権を申請するときに受けなきゃいけないやつをやって以来なので、かれこれ7~8年振りか。いや待てよ、日本に帰ってきてすぐにやらされたな。ただその時は若かったので、簡易の検査をやっただけだ。だから今回のように、いわゆる人間ドックっぽいちゃんとしたのは、随分久しぶりだ。

やけに立派なビルのワンフロアが、今回健診を行うクリニック。健診専門のところのようだ。立派な内装にやけにたくさんいる受付嬢。しかし客(看護士たちは僕らのことを「お客様、こちらでございます」みたいに言っていた)を呼ぶのは「○○さ~~ん、いらっしゃいますか~?」だ。健診の客が数十人いて、しかもかなり広いので、隅っこのほうにいるとその声は聞こえない。何かそういうところはもっとシステマティックにやればいいのに。無線のタグを渡してビビッ震えてお知らせするとかさ。多分そういう設備は補助が下りないとか、そういう事情だろう、きっと。なので、待っている間、Newtonという雑誌を読んでいたんだが、ものすごく面白い記事があってもそれに集中できなかった。

さて健診の中身はというと、

1. 胸部エックス線検査
2. 血圧
3. 身長・体重
4. 視力
5. 聴力
6. 血液検査
7. 心電図
8. 医師による検診(腹回りの計測)
9. 胃の検査(バリウム飲むやつ)

という全9項目。多分これで全部だと思う。
9番目の胃の検査は、てっきり胃カメラを飲まなきゃいけないもんだと思っていたが、エックス線の検査だった。
胃カメラ飲まなくてよくてラッキーと思っていたが、これがなかなかタフだった。それ自体が動く台の上に寝かされて、上下左右に、胃の中のバリウムをよく撹拌するように僕を回すのだ。そしてオペレーター(か医者か)さんが、はいそこでぐるっと横に回って、はいもう一回!みたいに、僕自身もその場で横にグルグル回るのだ。そして最後には、その台についている、先が丸くなったアームのようなものが、僕の腹部をグイグイ押すのだ。これが丁度肋骨と腹のギリギリの境目あたりを攻めるので、ちょっと上にずれているとやけに痛い。しかしグイグイ押されているので声もあまり出せず、しかもオペレーターは別室からマイクを通して僕に指示を出しているので、僕の表情も見えないし、声など届くわけもない。

グルグル回され、グイグイ押され、まぁ何とか無事に胃の検査は終了した。

そうそう、バリウムを飲む前に、胃を膨らませるための炭酸の粉末みたいなものを飲まされるのだが、当然ゲップをしたくなる。しかし「ゲップはしないで下さいねー」という冷徹なアドバイスというか命令が下るのだ。終わっても「お疲れ様でした」とかいうねぎらいの言葉はそのオペレーターさんからはなく、もう次の客のカルテを手にして準備に入っていた。これはMッ気のある人にはたまらんかも分からんね。

まぁそんな風に、何とか健診を終えることができました。おなかはまだまだ張っている感じがするけど。
白いウンチが出るのはいつ頃かな。

2010/05/18

勝間本を初めて読んでみた

本読んだ。
■ 「効率が10倍アップする新・知的生産術(勝間和代)


先日ブックオフに行ったときに勝間さんの本を2冊購入。いや、正確にはブックオフに行った時に買ったんじゃなく、この本買うためにブックオフ行った。しかしこの本にはこうあった。「私は中古でしか手に入らない本以外は原則として新品を買うことにしています。なぜなら、知的財産としての価値を尊重しているため、印税の入らない中古を買うことは、著者に対して失礼だと思うからです。(p.155)」

すみません... orz

きっかけは、小飼弾氏の書評。これを見てすぐに買いに行けるお気楽サラリーマンで良かったなぁ。

勝間さんに関する情報はブログを読んだり、メルマガ購読したりはしてるんだけど、いわゆる勝間本を買ったのはこれが初めて。2008年に出版されているので、お勧めハードウェア等はやや古臭くなってしまってはいるが、確かにこの本にあるとおりに情報のインプット、アウトプットを続けていれば、生産効率は相当アップするんだろうと思う。特に目玉の飛び出すようなハードルの高いことを毎日やれと言ってるわけでもないので、本書内で言及されているような習慣をコツコツつけていくことが大事だ。情報入手の際の思考の枠組み(フレームワーク)といった知的活動の抽象的な事から、日々の食い物に気をつけろみたいな事まで、とにかく効率的に情報をインプットし、プロセスして有益なアウトプットをすることに徹底的に焦点を当てて書かれているので、非常に分かりやすく、読み進めるにつれ、よし俺もやってみっか、みたいな気になる。

割と批判されることの多かったりする人だが、何故だろうと考えるに、この人は結構断定的な物言いをするのでそれが上から目線というか押し付けがましく人には聞こえるのではないかと思った(たった1冊しか読んでいないけど。。。)。例えば勝間さんは家電とかソフトウェアが好きなのでよく有楽町のビックカメラに行くらしいが、そこでは目的のものだけでなく、地上6階から地下1階まで満遍なくブラつくことで、トレンドや何が求められているかが分かるのだ、と本書内で言っている。まぁ例えとしてそうだということなんだろうが、アンチ勝間はきっと、そんな有楽町ビックカメラという一箇所で、しかも特定の時間帯にブラついただけでトレンドが分かるとか断定するな。地方に行けば客層だって生活習慣だって違うのだ。そんな丸の内あたりのOLとかサラリーマンがたくさん来るようなところだけ見て判断したものがあたかも「今のトレンド」である、みたいな事言わないで!、みたいに言いたくなるんじゃないかな。

逆に、この人が今求められている理由は、この断定できるところにあるんだろうとも思う。自分の意見をズバッと言い切れる頼もしさというか、臆することなく自分ではこうしてこうだったから、あなたもこうやってそして幸せになりなさい、みたいな、ある意味傲慢というか、そういう図々しいところに拠ると思う。

寛容さのなくなっている現代では、あまりに自分の意見を断定的に言ったり、「こうすべき」みたいに言ったりすると、そうじゃなかったときにどう責任取るんだよ、みたいな論調になりかねない。しかし言論というのはそもそもそういうものであるべきで、自分の体験やいろんな事例を引き合いに、「私はこう思うので、これこれこうあるべき」というのが正しいと思う。もしそれに異論があれば、それはちゃんと議論すればいいし、議論によって建設的な意見が出ればそれはまた新たな発展なのでまたよしである。ともすれば言葉狩りみたいなことが平気で起こる今、もっともっと自分の体験に基づいた自己主張をこれからも期待したいと思う。

僕はとりあえず、運動しようと思います。

~~~~読んだ本~~~~
■ 「ふしぎな図書館」 (村上春樹)
■ 「サラリーマン・リカバリー」 (大前研一)
■ 「怒らないこと」 (アルボムッレ・スマナサーラ)
■ 「マネー力(マネーリョク、大前研一)
■ 「『SPIN』営業術」
■ 「親が言っても、子供はやる」(大前さん)
■ 「質問する力」(大前研一)
■ 「金持ち父さん、貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ)
■ 「まずはアパート一棟買いなさい」(石原博光)
■ 「稼げる超ソーシャルフィルタリング」(堀江貴文)
■ 「効率が10倍アップする新・知的生産術(勝間和代)

2010/05/11

日本市場立ち上げって難しいよねという話

来週、タイに行くかもしれない。もちろん仕事で。
ただ今日の段階でまだ予定が確定していないというのは若干不安だが。それにしてもバンコクの政情はどんなもんか。バンコク在住者の情報によれば、つい最近もバンコクの街中で発砲があったとか。大丈夫かな。


先日、某コンサルタントというか、いろんな会社を立ち上げたり売ったり、誰もが知っている様々なグローバル企業の社長とか役員みたいなのを歴任してきたというアメリカ人のインタビューを受けた。インタビューというとアレだが、日本市場での事業立ち上げに際し、実際に日本に住んで、日本市場を担当している僕の意見も参考にするため、いろいろとディスカッションをした。そのインタビューは僕だけでなく、その他アジア諸国に在住していて、日本のビジネスに関わってきた人たちも対象。で、そのアウトプットとして、第一段階のドラフト提案資料みたいなのが今日来た。

「今の日本の担当者イラネ」とか書いてないか、小心な僕は非常に心配であったが、幸いそういう記述はなく、非常に前向きにこうしたらどう?みたいなのが、パワポで何十ページも書いてあった。その人は日本語もペラペラで日本市場にも精通しているんだが、やはり日本というマーケットは特殊で、他のアジア諸国と同じパターンで米国の製品を展開しようとしても、多くの場合失敗に終わるという。

英語圏はもちろんだが、それ以外でも日本や韓国を除く南アジア諸国などでは、比較的米国の製品がそれ程大きなカスタマイズなしに受け入れられることが多い。うちの製品もそうだ。ベトナムを始めとする南アジア諸国、アセアン諸国では製品をそのまま持ってきてプロジェクトが開始できた(もちろん各サイトに合わせたカスタムは必要)。しかし良い悪いは別にして、日本ではなかなかそうはいかない。やはり日本の市場や商習慣等に合わせたカスタマイズがどうしても必要になるケースが多い。

ところが日本で展開するにあたり、最初に投入したリソースが「営業」だ(僕)。ここに問題がある。製品をそのまま持ってきて利用できる場合は、最初にセールススタッフを投入するのは効果的ではあるが、日本市場の場合得策ではないというのが、コンサル氏の意見。綿密な市場調査に基づいてまず始めに製品のカスタマイズから入るのだそうだ。つまり、プロダクト・マネージャ的な存在が最初にあり、その後マーケティングスタッフ、営業、という風にリソースを投入していくというのが理想だとか。鶏が先か卵が先か、という議論があるが、先にガツンと投資をして製品をこの特殊市場に合わせてしまい、それからビジネス展開すると。その辺りはいわゆる「外資系」は結構シビアで、大抵はプロジェクトありきで、プロジェクトがある場合はカスタマイズしますよと。しかもその費用は当然取る。それじゃやっぱり厳しいよねというのが僕の感覚的な印象だったわけだが、やはり日本市場に精通するこのコンサル氏も同意見であったのは心強かった。

あと、うちの場合基本的な営業スタイルは「ダイレクトセールス」であるが、日本は比較的チャネルセールスが多い。特にうちのような新規参入外資の場合、ダイレクトに顧客に食い込むのは至難の業だ。しかもターゲットとしているセグメントは製造業だったり物流だったりと、新規参入するには障壁が比較的高い業界が多い。日本のビジネスの場合、エンドユーザーとそこに出入りする業者(SIなど)の関係が非常に重要だったりする。かなり濃密なな関係を構築している場合が多いので、その辺りのパートナーシップに関しても再考、というか構築する必要がある。

と、ここまで書いて思ったが、つまり営業の僕は現段階では不要ということを言っていないか?しまった、、騙されたか。いやいや、プロダクト・マネージャが必要とあらば、それに手を挙げるまで。SEが必要ならば、俺元々SEだしと開き直ろう。いやBDM (Business Development Manager) がと言われれば、ああ正に今BDM的なことやっとるけど何?と言えばいいや。時にはこういう図々しさも大事ということで。