2007/06/06

通訳むずい

早くも暑くなってきた東京。まだ6月初旬だってのに。

シンガポールからアジアパシフィックエリアの代表が来ている。
パートナー等とのミーティングに同席するわけだが、当然日本語分からないので、適宜通訳しなければならない。通訳といっても全部いちいち訳すわけにもいかないし、だいいちそんなの無理だし。代表の話す英語を日本語にするのなら、一応なんとかなるけど、逆は相当大変だ。適当にかいつまんで訳すわけだが、それでも難しい。

しかも結構重要な話なんかだったりすると、間違って伝わってしまうとエライことになりかねないし。まぁというわけで、大事そうなところは適当に訳したり訳さなかったりして乗り越えた。というより避けた。大丈夫だろうか、この会社の将来は・・・

2007/05/24

サメすごい、しかし。

サメは雄がいなくても子どもを産めるらしい。

アメリカの動物園にいる、メスの「シュモクザメ」(ハンマーヘッドシャーク)のどれかが、メスの子ザメを産んだらしい。いずれも雄に接触することなく3年間飼育されていたそうだ。

サメすごいっ!
と思って記事を読み進めていたところ、なんとも切ないことが書かれていた。

「子ザメはまもなくエイに食べられた・・・」


引用
http://www.sponichi.co.jp/society/flash/KFullFlash20070524015.html

2007/05/17

捨て子奨励

言わんこっちゃない。
あの赤ちゃんポストという恐ろしい穴に、3~4歳くらいの子が捨てられたそうだ。父親に手を引かれてそこまで来たそうだ。自分の名前も歳も言える、物心ついた子どもが捨てられたわけだ。しかも親の刑事責任は問わないと。捨て放題。

かくして子捨てが公認されたわけだ。
いらなくなったら、鬱陶しくなったら、熊本のあの穴に子どもを押し込めば済む。
今やペットを捨てるよりも簡単に、しかも合法的に子どもを捨てられる世の中になった。言うこと聞かない子どもへの台詞は「あの穴に入れるよ!」で決まりだな。

これ以上無責任な大人を増やす後押ししてどうするんだ日本は。

2007/04/12

客は甘やかすな

先日の日経新聞に、日本の労働生産性に関する記事が載っていた。
案の定、主要国の中で最低だった。アメリカを100とすると、日本は71(確か)。

例えば、1日働いて、米国企業なら100の利益を上げられるところ、日本企業は71の利益しか上げられないわけだ。あるいは、米国企業では利益を上げられる仕事が、日本企業の手にかかれば、赤字事業になりうるということでもある。

やはりな、という感じだ。
日本に戻ってきて、まず日本の会社で働いて、それからまた外資に移った。外資とはいえ、日本で活動している以上、主な顧客・パートナーは日本企業だ。日本企業の方々は、利益ゼロでもなぜか売り上げだけは上げようとするから面白いなぁと、9割方馬鹿にしながら、ある意味感心している次第だ。

地元のスーパーよりも、隣町のスーパーの方が卵1パック50円安いから、バスに乗って余計な金と時間を掛けて安い買い物をしたつもりになって喜んでいる感じか。うーん、ちょっと違うな。やる必要のない、あるいはやるべきではない余計な事を、わざわざ工数かけてやって、満足している感じ。これだな。こういうのを、「アクティブ・ノンアクション」と呼ぶ(最近知った言葉だ)。

こういう人が大変多い。疲労を周囲に撒き散らすという特徴を併せ持つ場合もあり、そうなるともう手がつけられない。そしてそういう人に限って自分は仕事ができると思っている。しかも、周りも馬鹿だから、この人は仕事ができると信じているケースも、不幸なことだが大変多いようだ。

今、外資系で日本企業を主な顧客として働いているが、こんな人ばっかだ。ビジネスというのは利潤を追求してナンボだということが、頭の中からすっかり抜け落ちてしまっている。利益に興味がないなら、NPOなりボランティア団体なりに参加すればいいだろう。しかし僕等がやっているのは、利益を上げてナンボのビジネスだ。

これこれこういう仕様を要求する、こういう機能が必要だ。そうじゃないと日本市場では戦えない。そんな主張を思いつくままするだけして、じゃあ「その要求の正当性の根拠として、具体的に現時点でいくらのビジネスがあって、今後どれくらいの規模の売り上げが期待できるんですか?それによって対応するかしないか決めますね。」、と至極当たり前のことをたずねると、途端にだんまりだ。下手すると文句が返ってくることすらある。

日本の企業はこういう幼稚な要求にいちいち応えるんだろう。そんなことをしているから労働生産性が恐ろしく低いんだ。

そういうことをしていれば、確かにシェアは伸びるかもしれないが、結局自分で自分の首を絞めてもいる。顧客の要求に全力で応えると言えば聞こえはいいが、対価が期待できないものにまで応えてしまうというのは、明らかに自分の技術・知識の安売りだ。一旦それを覚えた顧客は2度とそこに高い金を払おうとはしない。そしてそこで犠牲になるのはいつも従業員だ。

お客様は神様、なんていうのは、自分達の商品に何の差別化もできないような無能な商人の言葉だ。差別化できる知識・技術・商品を持つプロフェッショナルが、客を正しく導いてやるべきだ。そこで初めて顧客満足が生まれ、win-winの関係ができる、と思うのだ。結果、従業員もHappy。万事OKだ。客は甘やかしてはいけない。

2007/04/06

どうでもいいけど何か腹立ってきた

4月になった。
今日あたり、高校の入学式があちこちであるようで、ちょっとよそ行き風の服を着た母親と新高校生が一緒に歩いているのをよく見かけた。

新入生だからフレッシュかと思いきや、もうすでにみっともない化粧して髪は変な色に染まっている。まぁそんなの中学正の頃からだろうが。。。

以前オーストラリアにいた時に、何人かの友人に、「日本人の髪は元々茶色とかそういうのだと思ってたよ。何でわざわざ染めるのか。アホなのか?」と聞かれた事があった。「Yes, AHO desu.」と答えておいた。

髪を染めたり、不必要なみっともない化粧したりするのは、まぁ単にお洒落だと勘違いしてやっていたり、あるいは外見を変えてみたりして個性をアピールしようとしているんだろうが、逆に没個性になって、そういうところに気づかないのはやっぱりアホなんだなぁ、と自分の意見の正しさを再確認した。

確固とした自我というか自分の中の軸みたいなものがしっかり確立されていれば、それは立派な個性だが、そういうのがないから、何か外見で差別化しようと必死なんだろう。

最近オヤジ化して、外見とか着るものには気を使わざるを得ない僕だが、昔はそういうものを気にする事はとても恥ずかしいことだと思っていた。今でも、テレビコマーシャルに煽られたり下らない芸(無)能人に影響を受けたりして、やれエステだ整形だ何だかんだと踊っている奴等を見ると虫酸が走る。

価値観が多様化している現代とか言われたりするが、実は真逆で、価値観は極端に均一化している気がする。「かわいい」かそうじゃないか、「面白い」かそうじゃないか。それだけで9割方決められてるような感じだ。

多様性がなくなると、社会は活力をなくし必ず衰退する。多様性とは他人を尊重し、違いを認め、そして受け入れることだ。そういう懐の深さみたいなのがなくなってくると、言い換えれば、何か余裕とかゆとりみたいなものがなくなってくると、価値観が均質化してくると思う。それが今の日本だ。

それを防ぐためにはどうするか。それはこれからゆっくり考えようと思う。

2007/03/27

出会い

相方の塾が今日(3月26日)起ち上がった。
最初の無料講習には、幸い数名が集まった。たった数名だけど、こういうのってほんとにありがたいなぁと思うのだ。なぜって、どこの誰かも分からない人が始めた聞いたこともない塾に、わざわざ時間を割いて、人が来てくれるんだから。

ふと思ったが、僕にはそういう経験は全然ない。一から何かを立ち上げて、さぁ人を集めましょうといって何かを始めること。何かのセミナーとかでしゃべる機会とかがあって、それを聞きにくる人はいても、それは別に僕が目的なのではなく、セミナー全体として何か興味があったから来ているのは明白だ。あと何かハンズオン的な講習をやったとしても、しょせん集まるのはビジネスパートナーとかそういうのだ。ぬるい。

それに引き換え、一から塾を立ち上げて、人を集めるというのは何と大変なことか。来るか来ないかわからない生徒を待たなければならない。いくら教え方や教材が良くても、それを知れ渡らせるのは並大抵じゃない。

まぁサラリーマンの僕という、頼りないがまぁ一応保険的なものがあるにせよ、そういう世界に飛び出した相方はすごいなぁと素直に思う。しばらくは赤字だろうけど、教材とかアイディアがいいから、すぐに口コミとかで生徒も増えるだろう。その辺は全然心配していない。

2007/03/22

ちょっと足りないくらいがいい

顧客満足とかカスタマーサティスファクションとか、まぁ全く同じことだけど、よく言われている。お客様第一主義とか。まぁそう言いたい気持ちも分からないでもないけど、僕はそうじゃないとずっと思っている。組織的に仕事をする上で一番大事なのは、(自分とか家族とかいうのは当たり前なので置いといて)、従業員第一主義・employee satisfaction だ。客は2の次。

よく思うんだけど、提供するサービスとかにかかるコスト(労力とかもろもろ)と効果(顧客満足とかサービスの質とか)の関係って、下の図みたいな感じで、日本は相当先まで進んでいると思う。


つまり、ちょっと効果を上げるのに、多大なコストがかかる状態だ。
例えば、郵便物を夜9時に配達するように指定したら、ちゃんと持ってくるとか、業務を遂行する上でほとんど影響のない些細なソフトウェアのバグとかを、ウン十人月とかのスケジュールを組んで直すとか。たった一つのフォントを半角で出すためだけに、無茶な要求をしてくるとか・・・。

そういうのって、確かにサービスの利用者にとってみれば、悪くないのかもしれないけど、サービス提供者側からすれば、とてもツライ。しかも往々にして、そういう場合のコストはサービス提供者側が負担している。しかしビジネスとしては成り立っている。どういうことかと言うと、従業員に全てしわ寄せが来ている。

サービス残業とか、有給を全く消化しない(できない・させない)とか、そういう昭和時代のような事が21世紀になってもまだまだ残っているのが、残念ながら日本の企業のほとんどじゃないだろうか。

消費者のわがままに答えようとするのは、多分商売の基本だと思うけど、それもある程度までにすべきだ。ある一定以上の水準にサービスが到達すると、それ以上はもう相当コストが掛かるものだと、消費者は理解すべきだし、サービス提供者もそのように振舞うべきだ。

そうなると、今の不必要に便利な世の中に慣れてしまった人たちは、ちょっと不便に感じるかもしれないけど、それくらいが丁度いいんじゃなかろうか。ちょっと足りないくらいがいいよ、きっと。きっとみんなもう少しHAPPYになると思う。